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スクラムガイドにないプロダクトオーナーの役割って何?

はじめに

私はこれまでいくつかのスクラムチーム(チーム)でスクラムマスター(SM)としてチームの立ち上げや運営を担ってきました。そこで感じることはスクラム開発を行っている会社やチームが増えた結果、チームの立ち上げや運営に関するノウハウはかなり充実しました。また、実際にスクラム開発を経験した人も増えており、スクラム開発を始めるハードルはかなり下がってきた印象があります。

反面、POについては情報不足なのではないか?と思えることが多々あります。もちろん「チームに対してどのような活動を行うのか」についてはスクラムガイド(日本語版)にも定義されていますし、webを検索すれば実例付きの情報が手に入るため、大きく迷うことはありません。

ですが、POの「チーム外に対してどのような活動を行うのか」については全くと言っていいほど情報がありません。スクラムガイドにも明確な記載はありませんし、検索しても有用な情報は少ないというのが現状です。

なので今回は私の経験を元に、POがどんな活動をしていているのかについて見た上で、どのような課題を抱えているのか、その課題をどのようにして解決していくのかについて語っていきたいと思います。

チームに対するPOの活動

POがチームに対して何をしているかについては、割と情報が多いのでここでは大きくは取り扱いません。一般的にはこんなことやっています。

  • プロダクトゴールを策定し、明⽰的に伝える。
  • プロダクトバックログアイテムを作成し、明確に伝える。
  • プロダクトバックログアイテムを並び替える。
  • プロダクトバックログに透明性があり、⾒える化され、理解されるようにする。

もう少し詳しく知りたい人はスクラムガイド(日本語版)もしくは、スクラムブートキャンプを読むと理解が深まると思います。

チーム外に対するPOの活動

POの仕事にはスクラムガイドで言及されていない残り半分の活動があります。それがスクラムチーム外に対する活動です。

POはチームに対してもコミットしていますが、同時に会社や組織に対してもコミットしています。会社の状況・組織構造・目標や予算といったありとあらゆる条件を踏まえた上で、チームとステークホルダー(SH)の間に立ち、絶妙なバランスを取りながら、win-winな状態を目指し日々活動を行っているのです。

POが抱える課題と解決策

このチーム外に対する活動こそがPOが抱えている課題の大半を占めています。理由は簡単で、スクラムガイドのようなものがあるわけでもなく、フレームワーク化もされていません。明確な指針がないことにより、個々のPOが過去の経験や勘などを根拠に活動しているケースがほとんどです。(私が一緒に働いたことのあるPOの大半がこのケースに相当します)

ここに何らかの指針がないものか?と色々な角度から考察した結果、多くのPOが持っている共通の課題は目標管理ステークホルダー・マネジメントに収斂されていると考えました。POの活動における目標管理とステークホルダー・マネジメントの課題を明らかにした上で、解決策を共有したいと思います。

目標管理

上場している・していないに関わらず会社は株主に対し、短期目標と中期目標、長期目標をコミットしています。特に短期目標は定量的で、「x年はx億円の売上、x億円の利益を達成します」といった形で表現されています。この目標を達成するために事業部やチームといった組織単位に目標が割り振られます。

例えば、以下のようなECサービスと金融サービスを提供する会社があったとします。

  • 前年度の売上は800億円、利益は8億円
  • 前年度の売上比率はEC:金融が4:6
  • 今年度の売上目標は1,000億円、利益は10億円
  • 今年度のECの売上目標は400億円、利益は4億円
  • ECサービスは10の専門店で構成されている
  • 1専門店毎にチームがあり、売上は全てのチーム均等とする

こういった状況の場合、1チームあたり年間売上目標が40億、利益が4,000万円となります。(実際はこのように単純ではなく、もっと複雑な組織構造をしています)

もしあなたがこの会社に所属しており、1つの専門店チームのPOだったなら、この目標をチームにどのように伝えますか?「今年度の我がチームの目標は、年間売上目標40億、利益4,000万円!!」と伝えても、チームはどうすればいいかわからず混乱するだけではないでしょうか?

そこでPOは目標を達成することができると思われるプロダクトゴールとプロダクトバックログを作成します。例えば「カートに入れられているが購入されていない商品の保持期間を調査・改善することにより月100万円の売上改善を実現する」とか、レコメンドエンジンの精度を高めたり、配置するページを最適化することにより月50万円の売上改善を実現する」といったプロダクトバックログが出来上がると思います。

これは「年間売上目標40億、利益4,000万円」を「何をやるのか?」に変換しているとも言えます。POは変換したプロダクトゴールとプロダクトバックログをチームに共有します。そしてチームは自らの活動のメトリクスを計測し、チームの活動を定量化しようとします。(タイムボックス内バーンダウンチャートなどを用いることが多いとされています)

つまり、POはチームに対しては「何をやるのか?」ベースでコミュニケーションしますが、チーム外に対しては「年間売上目標40億、利益4,000万円」ベースでコミュニケーションしていることになります。

このような構造になっている場合、課題になるのが「年間売上目標40億、利益4,000万円をこのバックログで実現できるのか?」になります。POがバックログを大幅に変更することが多く、チームが混乱するとか、バックログが枯渇気味になってしまうといった問題が発生している場合は、POとSHの間で「年間売上目標40億、利益4,000万円をこのバックログで実現できる」と合意できておらず、バックログが定まらない状態に陥っていると考えられます。

解決策としては、POは以下のように対応するのが良いと思います。

  • 会社から与えられた定量目標を「何をやるのか?」に変換する際に、定量的な効果と根拠を定義する
  • チームに対しては、「何をやるのか?」をベースにコミュニケーションをする
  • チーム外に対しては、会社から与えられた定量目標をベースにコミュニケーションする

ステークホルダー・マネジメント

日本に限らず大多数の会社は役職ベースの階層型組織になっていますが、スクラムの考え方は役割ベースのフラット型組織です。そのため、POは階層型組織とフラット型組織の間に立ち、チームとして行ったコミットを推進するために、上司などからの直接的なチームへの干渉をマネジメントし、チームを守る必要があります。

具体的には報連相(報告・連絡・相談)とか雑相(雑談・相談)といったビジネス用語に代表されるように、POはSHと常日頃からコミュニケーションを通して信頼関係を構築・維持しています。では、SHとの信頼関係が良好ではない場合、チームにどのような影響がでるのでしょうか?少し具体例を見てみましょう。

  • POが何やってるのかわからない問題
    • POが非常に多くの時間をSHとの信頼関係の構築や合意形成に費やすことになる。
    • それによって、POがチームに対して使う時間が不足し、チームが不満や不安を感じる。
  • SHからの干渉問題
    • 上司などからトップダウンで急な差し込み案件がくる。
    • そういった差し込みは大抵の場合、期日がタイトに設定されている。
    • 進捗報告などの頻度が高まり、POが日々対応に追われる。
  • チームが評価されない問題
    • 周囲のチームやSHから評価されず、昇給やボーナスなどで不利になる。
    • リファクタリングなどの直接成果と結びつけづらい活動がやりづらくなる。
  • バックログが度々変更される問題
    • スプリントプランニングに大きな課題が生じる。
    • 前後関係があるスプリントなどの途中の場合、大きな混乱が生じる。

私の経験を少し思い起こすだけでも、このような問題が発生することがイメージできます。どの問題もチームにとって強いマイナスに作用しますし、これらの問題は解決するためにかなりの時間と労力を必要となります。そしてその間チームは強いストレスに晒され続けることとなります。解決策としては、POは以下のようなスタンスで向き合うのが良いのではないかと思います。

  • POはチームと協力し、SHとなる人物やチームを特定し、現在の信頼関係に課題がないかを事前に確認しておく。
  • POはSHの中でも特にチームに対して影響の大きいSHに対し、短時間でも良いので毎日コミュニケーションを取る。
  • POはチームの出した成果、素晴らしい活動を発見し、様々な場面でチーム外に売り込む。
    • 他チームや仕事上あまりやりとりがない部署の人などから「君のチーム、良いって噂をよく聞くよ」といわれる程度まで売り込めると良い。
  • POだけで信頼関係を構築・維持できない場合、SMやチームに協力を求める。

最後に

いかがだったでしょうか。POはチームを維持・運営していくために多くの人の合意を取り付け、利害を調整しており、非常に難易度の高い役割です。ただ、それだけにやりがいのある役割でもあります。

内外に対してチームの成果をアピールし周囲からの信頼を集めることで、自分やチームが取れる選択肢を増やすこともできまし、SHからの要望を一方的に受けるのではなく、ビジネスをより前進させるためにチームができることを模索・提案し、実現することもできます。

この記事が「プロダクトに対し情熱を持ち、常に学習しつづけ、自分のチームを信じる」そんなプロダクトオーナーになるための一助になれば幸いです。

私たち株式会社WAPはこのような困難な課題に共に立ち向かってくれるプロジェクトマネージャー経験がある仲間を探しています。ちょっと気になったので話を聞いてみたい!という方も大歓迎です。こちらからお気軽に連絡をいただけると幸いです。

長文にお付き合いいただきありがとうございました。

  • 用語補足
    • スクラムチーム(チーム)
      • プロダクトオーナー、スクラムマスター、開発者数人で構成される。
    • プロダクトオーナー(PO)
      • スクラムチームから⽣み出されるプロダクトの価値を最⼤化することの結果に責任を持つ。
      • 最終的な責任はプロダクトオーナーが持つ。
    • スクラムマスター(SM)
      • スクラムガイドで定義されたスクラムを確⽴させることの結果に責任を持つ。
      • スクラムマスターは、スクラムチームと組織において、スクラムの理論とプラクティスを全員に理解してもらえるよう⽀援することで、その責任を果たす。
    • ステークホルダー(SH)
      • チームのメンバーではないが、チームの活動や成果に対し、利害関係がある人全てを指す。